書いて覚える(2025年12月号)

 四月の入学を控え、これから受験のシーズンが始まります。予備校や学習塾の広告では、真剣な面お も持も ちで筆記具を手にする受験生の姿をよく目にします。たとえ、試験がマークシート形式であろうと、受験生の知識や思考力を試す場面では、書いて覚えることが大切にされています。
 人の記憶は大きく「技の記憶」と「陳述的記憶(頭で覚え、言葉や図形で表現できる記憶)」に分けられます。前者は小脳が、後者は海馬が中心的な役割を果たしていますが、人がこのような記憶をどのように貯えているかについて、まだ完全に明らかになっているとはいえません。
 人の記憶について有力なのがシナプス説です。脳の神経細胞間の接続部、すなわちシナプスが外界からの刺激によって変化し、その数や面積が増え、能率がよくなり、これが固定化することで記憶の回路が形成されるというものです。このシナプスをたえず変化させ、記憶として貯えているというのが記憶のシナプス説です。
 聞いたり、読んだりすることで知識は得られます。ただし、書くことによって、その知識を記憶として残しうることを、このシナプス説は示唆しています。ノートをとることは、知識を記録するだけではなく、大脳皮質の運動野の半分近くを占める手指の細かい動きに関する神経細胞を動員させつつ、空間の構築性、リズム性といった機能の活動を伴いながら大脳全体で知識を消化吸収していきます。書くことはこうした知識を深い思考や知恵へと昇華させていく可能性に溢れているのです。
 配字や字形、運筆の滑らかさといった、美しく書くことを併せれば、脳の神経細胞はさらに多く動員され、記憶の定着に資するということが、このシナプス説からは考えられます。経験則から行われてきた「書いて覚える」ことに、今脳科学からの視点が加わり始めています。知ること、学ぶことが楽しく行われるためにも、美しく書いて覚えることをお勧めしたいと思います。