昨年の十二月、ローマ字表記の基本となるルールの変更がありました。実に七十一年ぶりとなる内閣告示による変更です。ポイントは「訓令式」軸から、現在広く使われている「ヘボン式」軸へのルール変更です。
ヘボン式と訓令式では、その表記が少し異なります。例えば、訓令式で「し」「ふ」「じ」の音を表記するなら、「si」「hu」「zi」ですが、ヘボン式なら「shi」「fu」「ji」です。パソコンで「si」「shi」とタイピングすると、共に「し」という日本語の仮名文字に変換されます。
ヘボン式は、明治十八年、ローマ字運動の団体「羅ロ ー馬マ 字会」が決めたつづり方です。ヘボンと名のついた由縁は、明治時代「和英語林集成」を編集したJ・ヘボン(一八一五~一九一一)によりますが、ヘボンの役割は、この辞書の第三版で、この羅馬字会の作ったスタイルを採り入れていたに過ぎません。訓令式は一九三七年、内閣訓令第三号として公表されたもので、a、i、u…を母音の列、k、s、t…を子音の行とする理論的な組み合わせによります。この訓令式軸のローマ字表記のルールが八十八年も続いてきたわけですが、この訓令式が始まる迄は、曲折がありました。例えば「chi」と表記する場合、英語なら「チ」です。ドイツ語なら「ヒ」、フランス語なら「シ」、イタリア語なら「キ」という発音になるのだから、日本独特のルールがあるべきだといった議論です。現在、「東京」なら「Tоkyо」、「柔道」なら「judо」といった表記が定着しており、今回の変更では、こうした表記はそれを尊重するというスタンスをとっています。ただし、これらのローマ字表記は、パソコンでタイピングしても「東京」「柔道」と変換されません。
意味とその音が未分離のまま表記される文字を表語文字と言います。表語文字の代表格は漢字ですが、アルファベットでつづられる単語も様式に違いはあるものの、表語文字と捉えることが出来ます。漢字かなの交ぜ書きを行う視覚認識性と造形美に溢れた日本語を手書きする豊かさについて考える時節が到来しているように感じています。